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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)2294号 判決

原告 さかゑこと 高津さかゑ

〈ほか六名〉

右七名訴訟代理人弁護士 小栗孝夫

被告 名古屋芸妓株式会社

右代表者代表取締役 永田ます

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 浦部全徳

同 本山亨

同 水野祐一

右両名訴訟復代理人弁護士 四橋善美

主文

一、被告名古屋芸妓株式会社(以下被告会社という)は原告高津さかゑに対し別紙目録記載の株券を引渡せ。

二、被告会社は原告高津さかゑに対し、同原告が被告会社の株主(持株数一五七株)たる地位にあることを確認するとともに、その持株のうち一五一株について株券を発行交付せよ。

三、被告会社は原告折戸百々子に対し、同原告が被告会社の株主(持株数八三株)たる地位にあることを確認するとともに、その持株八三株について株券を発行交付せよ。

四、原告七名の被告名妓連組合(以下被告組合という)に対する各請求を棄却する。

五、訴訟費用中、原告高津さかゑ、同折戸百々子と被告会社との間に生じた分は被告会社、原告七名と被告組合との間に生じた分は原告七名の各負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

主文第一ないし第三項同旨および「被告組合は原告高津に対し一四万一六〇〇円、同折戸に対し九万二七〇〇円、同高桑に対し一九万五一〇〇円、同橋本に対し六万四五〇〇円、同村瀬に対し一四万三〇〇同、同小森に対し一三万三五〇〇円、同奥田に対し四万六八〇〇円および右各金員に対する本訴状送達の日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告等

原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。との判決を求める。

≪以下事実省略≫

理由

第一、株券引渡、発行交付請求について。

一、原告高津、同折戸がいずれも被告会社の株主であり、その持株数は原告高津が一五七株、原告折戸が八三株であること、被告会社は昭和二六年一二月二七日資本金六〇万円(額面株式一二〇〇株、一株の金額五〇〇円)をもって設立された株式会社であって、昭和三三年七月三一日額面株式三六〇〇株の新株式を発行して資本金二四〇万円に増資し、更に昭和三四年二月二三日額面株式九六〇〇株の新株式を発行して資本金七二〇万円に増資したこと、被告会社は設立にあたっては株券の発行をなしたが、その後の新株発行に際してはいまだ株券の発行をしていないこと、原告高津はその持株一五七株のうち六株は設立当時引受けたものであって、これに対応する株券(別紙目録記載のもの)の発行交付を受けているが、その余の株式については、株券の発行交付を受けておらず、原告折戸はその持株八三株について株券の発行交付を受けていないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、以上の事実によれば、原告高津は被告会社の一五七株の株主、原告折戸は八三株の株主であるところ、原告高津は一五一株、原告折戸は八三株につき、いまだ被告会社から株券の発行交付を受けていないものである。

ところで、株主の株券発行交付請求権はいわゆる株主の固有権に属するものであって、当該株主の同意なくしては定款または株主総会における多数決をもってしても奪いえない権利である。被告会社は昭和三二年一〇月頃、被告会社とその株主全員との間で昭和三三年および昭和三四年の各増資分の株券についてはこれを当分発行しない旨の申合せがなされた趣旨の主張をするけれども、≪証拠省略≫中右主張にそうかにみえる部分はにわかに措信し難く、≪証拠省略≫によるも、右関係を認めるに足りず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。また、その他の時点において、原告高津、同折戸が前記株券未発行の株式につき株券を発行しないことについて同意を与えたと認めるに足る証拠もない。

そうだとすると、被告会社は原告高津に対しては一五一株、原告折戸に対しては八三株について被告会社株券を発行の上交付すべき義務を負うものである。

三、次に、≪証拠省略≫によると、被告会社は昭和三三年に増資するに際し、株主の持株数に関する書類がなかったので、照合のため株主から既発行の株券を預かることにし、昭和三二年一〇月一六日原告高津から別紙目録記載の株券を預かりこれを保管していること、増資完了後はただちに株券を各株主に返還すべきところ、被告会社の特殊性から株券が第三者に渡ることをおそれ、いまだ保管を継続しているものであることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

ところで、寄託契約においては、寄託者が一定の期間寄託物の返還を請求しないという特約が附されており、そのことに受寄者が特別の利益を有するばあいはともかく、そうでないばあいには、寄託者は何時でも、告知して返還を請求することができるものと解すべきである。被告会社は昭和三二年一〇月頃被告会社とその株主全員との間で既発行の株券は当分株主に返還しない趣旨の申合せがなされた旨主張するけれども、≪証拠省略≫中右主張にそうかにみえる部分はにわかに措信し難く、≪証拠省略≫によるも、右事実を認めるに足りず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。また、他に原告高津と被告会社間の前記寄託契約に際し、前記の如き特約があったと認めるに足る証拠はない。

そうだとすると、被告会社は原告高津に対し、前記株券を返還すべき義務を負うものである(前記株券の返還請求の意思表示には当然に寄託契約告知の意思表示を包含するものである。)。

第二、積立金返還請求について

一、被告組合が芸妓をもって組織され、芸妓の紹介斡旋等を業としているものであり、原告高津、同折戸はその組合員であり、その余の原告等はかつてその組合員であったものであること、原告等芸妓が料理業者より受領する「花代」と称するサービス料は被告組合を通じて支払われるものであること、被告組合は昭和三六年一一月の花代増額にあたり増額した花代の一部―送り込み一本分(最初の一時間の花代の一〇〇円分)―を同年一二月より昭和四〇年一一月まで「花割」と称して被告組合より原告等芸妓に対する支払金から右金額を控除するという方法で受取っていたこと、被告組合が右「花割」として原告等から受取った各年度毎の金額およびその合計額が別表記載のとおりであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、ところで、原告等は右花割金は寄託金であると主張するのに対し、被告組合はこれを争い使途を制限した寄附契約であると主張するので、以下この点について判断する。

前記当事者間に争いのない事実と≪証拠省略≫を綜合すると次の事実を認めることができる。すなわち、

被告組合は昭和三六年八月頃中京連、浪越連、城西連等四連妓共同で訴外名古屋料理業組合に対し、それまで一時間四〇〇円であった花代を六〇〇円に値上すべく要求したところ、初めは五割の値上げなどとても応じられないということであったが、数次の折衝の末、同年一〇月五日頃、一たん花代一時間五〇〇円に一席五〇円を加え、この一席五〇円は協力費として四連妓と名古屋料理業組合の共同管理のもとにおくことにし、右資金を基にして右五者により名古屋芸妓育成協議会を組織することに決められたこと、しかるに、この協力費については、実施直後、中京連から中間搾取の一型態とみられるおそれがあるという理由で脱退の申入れがあり、これを契機に名妓連等他の連妓でも検討した結果、協力費の共同管理をとおして料理業組合から種々制約を受けるのは好ましくないとし、同年一〇月中旬頃協力費については白紙撤回を申し入れるに至ったこと、しかし名古屋料理業組合としても芸妓の増加育成のためならば多少の値上げもやむをえないという立場をとっており、その点被告組合が最も弱体であると目されていたので、とくに被告組合に対し芸妓の増加育成の具体策を示すように要求したこと、そこで被告組合は同年一一月初旬頃、値上げされる花代のうち送り込み一本分(最初の一時間の花代の一〇〇円分)(花割金)を芸妓個人の花代とせず被告組合において積立てて共同の目的のために使用する資金とし、具体的には、(1)芸妓の育成増加、(2)相互扶助、(3)芸能の向上研究並びに助成、(4)厚生諸施設の充実、(5)退職金制度の確立等一〇項目にわたる諸事業の遂行をはかりもって被告組合の内容を名実共に充実して一層の発展を期することとしその旨の覚書を名古屋料理業組合に示したところ、同組合は同月六日右覚書の趣旨を諒承し、これを条件に、値上げを認めるに至ったこと、そこで、被告組合においては右花割積立金制度の趣旨を組合員たる各芸妓に周知徹底させ、昭和三六年一二月からこれを実施したのであるが、昭和四〇年一一月廃止するに至るまでこれに異議を唱えたものはなく、また、この間に芸妓を廃業した者も一人を除いては右花割積立金の返還を受けたものはないこと、その一人というのは代々子こと北村スエであるが、同人は昭和三九年二月病気のため廃業した当時薬代にも事欠く窮状にあったので、当時の役員(原告高桑は役員の一人であった。)の特別のとりはからいにより、本来返還できない性質のものである花割積立金四万六〇〇〇円を同人に支払ったものであるが、被告組合は昭和四一年七月右の処置が誤っていたことに気付き同人に返還を要求したところ、同人は花割積立金の前記趣旨を認めながら、いまだ病気のため全額ただちに返還できないとしてひとまず五〇〇〇円を返済し、残金はできるだけ早く返済する旨の念書を被告組合宛に差入れたこと、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

以上の事実によれば、被告組合と名古屋料理業組合との間に交された前記覚書の趣旨に則り、被告組合とその組合員たる各芸妓との間において個別的に、明示または黙示のうちに、花割金が被告組合において前記覚書の趣旨に沿って使用されることを条件として贈与する旨の契約が締結され、右契約に基き昭和三六年一二月より昭和四〇年一一月までの間花割金が被告組合に積立てられてきたものと解するのが相当である。もっとも、≪証拠省略≫によると花割積立金は被告組合の帳簿には預り金として処理されていることが認められるけれども、これは帳簿処理上の事柄であって、この一事をもって、花割金が寄託金であると解することはできない。

三、そうだとすれば、花割積立金が被告組合に対する寄託金であることを前提とする原告等の本訴請求は失当であって棄却すべきものである。

第三、結論

以上の理由によると、原告高津、同折戸の被告会社に対する各請求はすべてこれを認容し、原告七名の被告組合に対する各請求はすべて失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条九三条を各適用のうえ主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言の申立については相当でないと認めこれを却下する。

(裁判官 片山欽司)

〈以下省略〉

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